名古屋高等裁判所 昭和26年(う)295号 判決
弁護人の控訴趣意第一点の要旨は、原判決は、判決に影響すること明らかな事実誤認がある。原判決記載の「被告人が賍品であることを知つていた」点については、原判決摘示の証拠によつては、これを認めることができない。又原判決は、被告人が木村某より、本件袈裟を収受したと認定しているが、被告人に対する昭和二十五年四月十九日附供述調書によれば、木村某と宮田某の二人が被告人方に来て、袈裟を施与したとあつて、被告人が木村より収受したと認定するのは事実誤認か又は審理不十分である。更に本件袈裟は、原判決挙示の被害届記載のどの袈裟か不明であると謂うにある。
よつて案ずるに原判決挙示の被告人に対する司法巡査の昭和二十五年四月十六日附及び同月十九日附の各供述調書と申在休に対する検察事務官の昭和二十五年四月二十八日附供述調書によれば、被告人が昭和二十五年四月上旬、被告人方において、木村某から中古七条袈裟三本と五条袈裟一本を貰い受けたことが認められる。右の被告人の供述調書中には、木村某と宮田某とが被告人方に来て、右袈裟を被告人に贈与したように見えるが、宮田春夫こと申在休の右供述調書によれば、宮田は木村に頼まれ、右袈裟を被告人方に運んだだけのもので、被告人に贈与したものは、木村某であることが十分に認められる。右のように相反する証拠があつても、原審が自由心証により、木村某が贈与したものと認定することは違法でなく、かく認定することは、経験法則に反するものでない。又本件袈裟が、原判示の船橋寿子の盗難届記載の袈裟に該当することは、容易に推認せられるところで、右盗難届中には、本件袈裟以外に更に数枚の袈裟が盗難に罹つた旨の記載があるが、少くとも本件袈裟は、右盗難に罹つた袈裟の一部であることは明らかであるから、これによつて、盗賍品であると認定することは、違法でない。次に被告人が本件袈裟を収受したとき、盗品であることの認識があつたことについては、被告人は終始否認し、これを直接認むるに足る証拠はないが、被告人に袈裟四本を贈与した木村某の身許が不明で、右のような袈裟を正当な方法で、容易に入手し得る地位にある者でなく、而かも信徒でないことや、右袈裟は四本で、通常人が入手しようと思つても不能に近いもので、而も高価であり、他の物資のように闇売りせられているものでなく、中古品であること等を考え合せると僧侶であつた被告人としては、当然右袈裟が盗品であること又は盗品であるかも知れないことを察知していたものと認定することは、経験法則に反するものでない。原審が右経験法則に基き、原判示事実を認定したのは、正当で、論旨は理由がない。
同第二点の要旨は、原判決は、訴訟手続に違背がある。原判決は、船橋寿子の倉庫荒盗難届を証拠としているが、これには、作成者の氏名押印がない。これは被告人及び弁護人の同意があつても、証拠能力はないものであると謂うにある。
よつて案ずるに原審が証拠調をしたのは、船橋寿子の倉庫荒盗難届謄本であつて原本でないこと及びこれを証拠とすることに被告人及び弁護人が同意したことは、被告人に対する原審第一回公判調書の記載によつて明らかであるから、原判決の証拠標目の挙示方法に誤りがあるが、これは誤記と認むるのが相当である。而して盗難届の謄本を証拠と為し得ることは、疑いのないところで、本件記録に添附してある盗難届は単純な写でなく、司法警察員が正当な権限に基き、原本に基いて謄写したものであることが認められるから、これについて、被告人の同意がある以上、これを証拠とするに何等の違法はない。論旨は、採用することができない。